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20150128

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昨日、友人の撮った1枚の写真で僕の小さい頃の思い出や、青春時代の記憶が頭の中によみがえり、とてもとても寂しくなった。
「Livre解体の写真」
Livre(リブレ)というのは大野市のどまん中にある商業施設(鉄筋コンクリート造3階建て)で、僕が生まれた頃からある大野で唯一のショッピングセンターだった。当時はスカイモールというハイカラな名前で、1番古い記憶として思い出すのは、多分僕が小学校低学年くらいだった頃の思い出。母に連れられてスカイモールに行くと、決まって入口近くの8番ラーメンに弟とふたりで置いていかれ、母の買い物が終わるまでの間、入口に1番近いカウンターの端っこでふたりで中華そばを食べていた。外食をするような習慣の無かった家柄だったので、多分、月に1回かふた月に1回連れてきてもらうスカイモールは当時の僕にとって最高の場所だった。今でこそ福井市は毎日仕事で通うくらい身近な町だが、当時は「ピア」や「ベル」に連れて行ってもらうのは年に1、2回のお祭りのようなもので、何週間も前から「今度の日曜日はピアに行くんだ!」と鼻息荒かった。たまにミニ動物園的なモノが来ている時なんかに合わせて行ったクラスメイトは次の日の朝、全生徒に向け動物の種類や数や状況などを熱く語り、下々達はそれを一字一句聞き逃すまいと耳ダンボにして聞き入った。当時ピアはまさに夢の国だった。。。おっと、脱線。。。

中学に入る頃にはもうリブレだったのかな。自転車という文明の利器を手に入れ、行動範囲の広がった僕達だったが、校区外の町に出るのはとても勇気がいる行動で、町には不良たちが沢山いて田舎者の僕たちを見るやいなやカツアゲされると思っていたので、遊びに行くときは山か川に行ってたな。

高校時代はまさにリブレと共にあったといっても過言ではなく、毎日毎日、学校帰りはブックスカルチャーからのリブレのカムカムだった。カムカムでは180円のうどんに何回七味唐辛子を振りかけて完食出来るかを仲間達と競い、記録が50を超えたくらいのところで、とうとうおんちゃんに怒られて、その競技人生を終えた。その頃、日本昔話の「お尻を出した子一等賞~」をもじった替え歌でまさにこの競技のテーマソングだった「鼻血を出した子一等賞~」がヒットし、食べながらにして鼻血が出た子はレジェンドと呼ばれた。

カムカムの奥にはグリコアというハンバーガーショップみたいなお店が大野で一番都会的な店で、いつか彼女とグリコアでチーズバーガーセットを食べることが僕たちの憧れだった。言うならグリコアは僕らの代官山だったのだ。

高校時代は日本中がビーバップで、大野市にももれなくヤンキーが存在した。僕はカツアゲされた経験は無いのだが、カツアゲされたことのある友人は存在し、現場はやはりリブレだった。自動販売機でジュースを買おうとしたらカツアゲにあいポケットにあった500円玉を取られたが、大変のどが渇いていることを伝えると、取った500円でジュースをおごってくれたエピソードや、バス待ちででカツアゲされ1000円札を強奪されたが、わざわざバス代の460円だけ「お釣りやー」と返してくれた話などはボクら世代では有名。その頃から「結の故郷」というキャッチコピーにぴったりの町だった。当時はすす竹でカツ丼か、シンプリィーでスペカツスパがお気に入りやったなー。。。おっと、脱線。。。

この一時代を築いたリブレも取り壊されて無くなってしまうんやなーと思ったら寂しくて、せめてここに思い出を残してやろうと筆をとったのでした。おわり。

写真は大野市内の銭湯(東湯)。
当時はまだまだたくさんあったけど、今はもう3、4軒に。
大切な文化。使って残そう。


by meirinsya | 2015-01-28 18:50 | day